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甲府地方裁判所 昭和31年(行)4号 判決 1956年9月04日

原告 小林清造 外一名

被告 六郷町長

主文

被告が昭和三十一年三月八日告示してなした原告両名に対する山梨県西八代郡六郷町選挙管理委員の免職処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立の趣旨

一、原告両名

主位請求として、

「被告が昭和三十一年三月八日告示してなした原告両名に対する山梨県西八代郡六郷町選挙管理委員の免職処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする」

予備的請求として、

「被告が昭和三十一年三月八日告示してなした原告両名に対する山梨県西八代郡六郷町選挙管理委員の免職処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」

旨の判決を求めた。

二、被告

「原告両名の請求を棄却する。訴訟費用は原告両名の負担とする」

旨の判決を求めた。

第二、請求原因及び被告の主張に対する原告両名の答弁。

一、原告両名は山梨県西八代郡六郷町選挙管理委員(以下単に選管委員と称する)にして原告小林はその委員長、原告斎藤はその副委員長であつたが、被告は六郷町吏員懲戒審査委員会設置の件、同委員会条例制定の件、及び同委員選任につき同意を求むる件等を付議するため、昭和三十一年三月七日六郷町急施臨時議会(会期一日)を招集し、同日同議会は地方自治法(以下単に法と略称する)第百十三条の要件を満たして(定員二十二名)開会されたところ、議長芦沢友愛は同法第百二十九条第二項に則り閉会宣言をした。

ところが町長派十一名の議員は同日その後の会議において前記付議事件を議決した。しかして被告は右議決に基き設置された六郷町吏員懲戒審査委員会に諮り同月八日告示第十六号を以て原告両名を地方自治法施行規程第三十四条第三項、第五十条に該当するとして免職する旨の処分に付した。

二、しかしながら右急施議会招集の手続は次の理由により違法である。

即ち、被告が右議会を招集した目的は、当時前記選管委員会は六郷町選挙民の過半数より提出された被告に対する町長解職請求につき請求者の署名審査をなしつゝあり、やがて同町住民の町長解職投票の実施も間近に迫りつゝある状況にあつたところから、被告は原告両名を免職し、これに代る町長派に属する自己腹心の他の選管委員及び同補充員をして執務せしめ、以て前記解職請求者の署名審査の事務を遅延させ、ひいては右解職請求手続を無効ならしめんとの意図によるものであつて、前記議案自体何ら急施を要するものではない。従つて被告が前記付議事件審議のため議会を招集しようとするならば臨時議会を招集し、法に定められた招集手続、即ち開会の日前三日までに同議会の招集及び付議すべき事件を告示するなどの措置を採るべきであつたのに、被告が急施議会に名を藉りて右手続を履践しなかつたことは違法である。

三、仮りに議会招集の手続に違法な点がなかつたとしても次の理由により同議会には違法の点が存する。

(イ)  議長芦沢は法第百二十九条第二項による閉会宣言後議員過半数の者から法第百十四条の手続による請求を受けたことはない。仮りに望月武保議員が議長に対し法第百十四条による開議の請求をなしてもこれを以て議員過半数より開議の請求があつたということはできない。

(ロ)  仮りに議員過半数十一名の者から議長に対し法第百十四条に基く開議の請求がなされたとしても、前記急施議会は会期が一日であるから議長の法第百二十九条第二項に基く閉会宣言により同議会の活動は適法に終了したのである。従つて議会閉会後は法第百十四条による開議の請求はなし得ないものである。

(ハ)  仮りに議会開議請求手続が許されるとしても議長が右請求を受け乍ら開会しない場合には更に副議長に開議の請求をなし副議長も会議を開かなかつた場合に初めて仮議長による開会が許されることは法第百十四条第一項後段規定の解釈上明らかである。しかるに右開議請求議員は副議長に対し何らの請求手続をなさず議長が会議を開かないとみてとると直ちに仮議長によつて会議を開き、しかも右請求者以外の議員に対して開会の通告をなさず抜打的に町長派に属する請求議員のみによつて開会審議した違法がありしかも六郷町会議規則によれば会議の審議時間は午後四時までとされているから同時刻を経過する場合には同規則によりその議会において時刻延長の決議をなした上でなければ審議をすることはできないのに拘らず時刻延長の決議を経ずに七日午後四時以後前記事件を審議可決したことは右会議規則にも違反する。

以上の理由により再会議会は違法である。

四、仮りに原告等に対する免職処分の手続が適法になされたとしても原告等には職務上の義務違背若しくは公職上の信用失墜の行為がなく地方自治法施行規程第三十四条第一項に該当する事由は何等存在しないから右処分は実質的にも違法である。

よつて前記付議事件は違法なる手続により審議可決されたもので議案の成立自体無効であるから同議決に基き設置された六郷町吏員懲戒審査委員会に諮つてなした被告の本件免職処分は無効であり尚原告等には懲戒免職の事由がなくこの点においても亦無効といわねばならない。仮りに無効でないとしても取消すべき事由に該当するから原告両名は主位請求として免職処分の無効確認を、予備的請求としてその取消を求めるため本訴請求に及んだものである。

五、議長の閉会宣言が違法であるとの被告主張に対する答弁。

法第百二十九条第二項の閉会宣言は先づ議長において同条第一項により議場の秩序を乱す議員に対し制止、退場等の措置を講じそれにも拘らず議場が騒然としている場合にとるべき措置であるとし、かゝる措置に出でずして閉会を宣したのは議長の職権濫用であるとの被告主張は否認する。法第百二十九条第一項と第二項との関係はそれぞれの事情により議長が臨機に適当な措置をなし得ることを規定したもので同条第二項を適用する場合その前提として常に第一項の措置をとることを必要としない。

本件急施議会は、六郷町々長室を仮議場として議員全員二十二名が出席の上開会され議長が先づ議事録署名議員の指名を終ると、河西政雄議員が議長の許可を得て「前記議案は急施を要するものでないからこれは定例会か又は臨時会に提案すべきであり議長は議案として上提すべきものでない」旨を発言し小田切栄議員がこれに「賛成」と叫ぶや遠藤伝議員は議長の発言許可もなく興奮して立上り「そんな馬鹿なことがあるか」と呶鳴り河西議員の発言に反対した。その間議長は許可なく発言してはならない旨度々制止したが議員等はこれを聞入れず町長派議員は「その通りだ」とか「それが丁度だ」とか騒ぎ立て、又反町長派議員も「河西議員の言うことが丁度だ」とかいつて騒ぎ立て議長が再び許可なく発言してはならぬと制止しても聞き入れず、或議員は卓を叩いてペン皿を割り町長派の望月宗市議員と反町長派の望月嘉雄議員は掴み合いをなしその他議員の大半は立上つて議席を離れ、各議員は「提案せよ」「反対だ」と叫び合い、一方狭い議場に傍聴していた多数の町民もそれぞれの立場から怒声を発した。そこで議長は立上つて大声で制止する措置に出でたがその甲斐もなく議場は遂に騒然として正に血の雨の降らんとする寸前にも以た光景となつて到底これを整理することが不可能な客観的状態に立ち到つたので議長は法第百二十九条第二項により閉会を宣した。よつて右閉会宣言により同日一日限りの急施議会は適法にその議会活動に終止符を打つたのである。

六、被告主張の免職事由に対する答弁。

被告の掲げる原告両名に対する罷免事由中(一)乃至(三)記載の事実は否認する。同(四)乃至(九)記載の事実はいづれも原告両名を免職後の事由であるから懲戒免職の事由とはならない。

以上の次第であるから被告の主張は何れも採用するに足りない。

第三、請求原因に対する答弁及び被告の主張。

一、原告両名主張一、の事実はすべて認める。

二、原告両名の議会招集の手続違法の主張に対する答弁。

被告が本件急施議会招集当時六郷町選挙民から解職請求を受け選管委員会においてその署名審査をなしつつあつたことは認めるがその余の事実は争う。

訴外上田靖茂は昭和三十一年二月十日原告小林を委員長とし原告斎藤他一名を委員とする六郷町選管委員会に対し六郷町長解職請求代表者証明書交付の申請をなし同月十五日右証明書の交付を受け同月二十九日解職請求者署名簿百三十二冊を右選管委員会に提出して被告に対する町長解職請求をしたので、同委員会はこれを受理し署名審査をなすにいたつたが、原告両名は六郷町の特別職であるからその職務執行については不偏不党にして且つ公正なる態度を執るべき義務があるにも拘らず

(一)  原告両名は同年三月一日午後五時二十分頃相前後してそれぞれ六郷町長解職請求事務所に私的に出入し、

(二)  原告小林は右解職請求をなした主謀者の一人訴外小林忠夫の実父であり、原告斎藤はその主謀者の一人である。地方公務員の一般職についてすら地方公務員法第三十六条においてその政治的行動を制限している趣旨に照せば原告両名の如き特別職にあるものは当然政治的行動をなすことをつゝしむべきであり、

(三)  原告小林は同年二月二十九日解職請求署名簿をその代表者から受理したのであるからその保管については公正にして厳重なる注意を払うべきにも拘らずこれを私宅に持ち帰り、

(四)  原告両名は前同日署名簿受理直後、元来選管委員会はその公正を期するため事務所を六郷町庁舎たる公の建造物内に置くべきにも拘らず町民の或者に対し「三月七日に署名審査を完了し七日夜には選管事務所を解職請求事務所に移転してその二階の狭い六畳間を署名簿の縦覧室にあてゝその縦覧をできるだけ妨害する」旨洩らしこれが計画の通り他の選管委員依田徳重に協議することなく擅に三月七日夜その事務所を町役場より解職請求事務所と同一家屋に移転し署名簿の縦覧室をその二階六畳間に宛てしかも縦覧に際しては室の戸を締めて一回四名宛に制限して町民の縦覧を妨害し、

(五)  原告両名は右事務所移転後は従来の町役場書記兼選管委員会書記の選管事務に関する執務を拒否し、解職請求手続に従事する訴外桐原孝雄、同網倉春作、同網倉都一、同井上政重、同遠藤元直等をその書記に任命して執務せしめ、

(六)  原告両名は右署名簿の審査期間中署名簿の管理を解職請求署名収集受任者に依頼しこれを毎日二名宛昼夜交替にて保管(実は署名簿の改筆改ざん)及びこれが見張りをなさしめ、

(七)  原告両名は三月六日夜署名収集受任者武井兼男をして多数町民の印章を集めしめて署名簿の改筆改ざんを行わしめ、

(八)  署名簿は百三十二冊署名数千四百四十二名にのぼり、且つ署名簿の同一家族の署名は殆ど同一筆蹟のものが多く審査には相当時間を要し慎重を要すべきであるのに原告小林は極度の弱視力であつて署名の真偽の判定等は殆ど不可能でありその審査は原告斎藤の一人判断に任せ結局個別的な署名の実質審査をも含めて正味二日間を以て全部有効と決定する杜撰なる審査をなし、

(九)  原告両名は前記選管事務所移転直後右事務所家屋表壁には家屋管理人の取付けた「貼紙一切御断り」の注意札がありしかも地方公務員法第三十六条第二項の趣旨からも原告両名の職責上反町長派等をして被告を非謗する文書図画等を公共団体の庁舎にも匹敵すべき選管事務所に貼付せしめ若しくは貼紙に利用される等のことは許されないのに拘らず、右事務所の窓ガラスに「打倒武井暴政」の貼紙がなされているのを撤去せずして不当にも右事務所を反町長派の者に利用させ、

以てその職務義務に違反し公職上の信用を失うべき行動をなしたものである。

以上具体的事例の如き原告等の行動をそのまゝ放置するときは選管委員会の運営及びその信用を失墜し現に行われつゝある町長解職請求に対する爾後の措置をも誤り町行政上償うことのできない損害を蒙ることは明らかであるから緊急に適正なる選管委員会をして解職請求手続に対する職責を行わしめるためには原告両名を懲戒免職の処分に付するより外になく、こゝに被告は六郷町吏員懲戒審査委員会設置の件、同委員会条例制定の件及び同委員選任につき同意を求むるの件等を町議会に付議することを決意し、叙上付議事件の審議は一刻も遷延を許さない客観的状勢にあることは以上の事実によつても明らかであるから被告は急施を要する事件と認め、予め法定の期日までに招集及び付議事件の告示をなすことなく法第百一条第二項但書及び同第百二条第四項に則り昭和三十一年三月六日夕刻より翌七日早朝までに六郷町管内各部落指定掲示場所六ケ所に招集日時及び付議すべき事件の告示をなし、更に同町議員全員に対し個別的に右事項の通知をなしたものである。従つて右議会招集の手続において何ら違法の点はない。

三、原告両名主張三、の事実に対する答弁。

原告両名の主張事実中前記一、の争のない事実以外はすべて否認する。

継続議会は適法に再開されたものである。即ち、望月武保他十名の議員定数過半数議員は議長芦沢の閉会宣言直後同議場において同議長に対し法第百十四条による開議を請求した。しかるに議長は右請求を無視して副議長他九名の議員と共に退場したので望月武保他十名の過半数議員は法第百六条第二項により「議長及び副議長にともに事故があるとき」と認め同法第百七条及び第百六条の規定に則り遠藤政一議員を仮議長に選任して急施議会を続会し前記付議事件の審議をなしたところ、同日午後三時三十分までに右事件はいずれも可決されたのであつてその手続について原告等主張の如き違法はない。

四、議長芦沢友愛の採つた閉会宣言は無効である。

本件急施議会会議の状況は、議長の開会宣言後、会議録署名議員の指名が終ると同時に河西政雄議員が「本日の急施議会は急を要する問題でないから議長は議題として取上ぐべきでない」旨発言し、これに次ぎ小田切栄議員が「賛成、こんなものが急施か」と言い乍ら議案を振り廻し、この時右小田切と同時に立上つた上田位正議員は「その通りだ」と叫び乍ら議席表示標を振り被告町長前の机上にあつたペン皿を叩き割る暴挙(右両名は酒気を帯びていた)に出でたが他の議員は冷静であつて遠藤伝議員が「議長、十番」と挙手して起立し「提案理由の説明を聞いて緊急を要するか否かを決定すべきである」と発言し他の町長派議員十名は右遠藤の発言に次いで各番号順に「賛成」と叫んだのである。此の間議長はペン皿を割つた議員に対し中腰になつて「静かに静かに」と言い乍ら直立し「地方自治法第百二十九条第二項により閉会する」と宣したのである。そこで遠藤伝議員は「異議あり」と叫び更に望月武保議員より議員十一名連署の開議請求書を議長に提出したが議長は一読したまゝ上衣ポケツトに入れて右請求を不問に付してしまつたのであつて右開会より閉会宣告まで僅か三分間を要したのみである。右閉会宣告後は議長のとつた措置をめぐつて一時議場が暴言の場と化したことはあつたが閉会宣言前には前述のように反町長派の議員が一、二乱暴を働いたのみで議場は平静であつたのであるから、かゝる状態を捉えて法第百二十九条第二項に謂う「議場騒然」たる状況ということは到底できない。右のような場合には議長は議場の秩序を乱した一部の議員を制止し又は退場せしめる等同法第一項に基く措置を先づ講ずべきであつたにも拘らず同措置をとることなく直ちに議場騒然にして整理すること困難であるとして閉会を宣し、且つ議員中に閉会につき異議ある旨の発言があつたにもかゝわらず議決を採ることなく、仮に異議ある旨の発言がなかつたとしても議長の所属する反町長派議員の数に比して町長派議員が多数であり、町長派議員は議案の性質、議場の具体的情勢等から会議を閉ずることに反対の意思を有することが明らかであるからこれら議員をして異議を申立てる機会を与えるべきであるのに恣意的に前記閉会を宣したことはいづれにしても議長の職権を濫用したもので無効であるといわねばならない。従つて町長派議員十一名が議長の右閉会宣告後会議を続行し本件付議事件を議決したことは適法である。

五、原告両名に対する免職事由。

被告の原告両名に対する免職事由は前記被告主張二、の(一)乃至(九)に挙示した事実が地方自治法施行規程第三十四条第一項に該当するので原告両名を同法条に基き懲戒免職する旨の処分をなしたものである。

よつて、原告両名の本訴請求はいずれも理由がないから棄却さるべきであると述べた。

第四、証拠<省略>

理由

一、原告両名が山梨県西八代郡六郷町選管委員会の委員にして原告小林はその委員長、原告斎藤はその副委員長であつたこと、被告が六郷町吏員懲戒審査委員会設置の件、同委員会条例制定の件及び同委員選任につき同意を求むる件等を付議するため昭和三十一年三月七日会期を一日とする六郷町急施臨時議会を招集し、同議会は地方自治法第百十三条の要件を満たして(定員二十二名)開会されたところ議長芦沢友愛が同法第百二十九条第二項を適用して右議会の閉会を宣言したこと、町長派十一名の議員が同日その後の会議において前記三事件を審議可決したこと及び被告が右可決された六郷町吏員懲戒審査委員会設置規則に基いて設けられた同町吏員懲戒審査委員会に諮問し同月八日告示第十六号を以て原告両名を地方自治法施行規程第三十四条第三項第五十条により免職する旨の処分をしたこと、はいづれも本件当事者間に争のない事実である。

二、そこで、先づ右急施臨時議会の招集手続に違法があるか否かにつき判断する。

思うに、地方自治法第百一条第二項但書にいう急施を要する場合とは付議事件につき事態が切迫しており招集に関する原則的手続に従つていては間に合わないような場合を指すのであるからこの場合には同条第二項本文所定の七日又は三日の猶予期間を置くことを要せず議員が集合できるだけの余裕を置いて招集すればよくその招集の方法も必ずしも告示を必要とせず個々の議員に対する告知により周知の方法を講ずれば足り又付議事件についても必ずしも予め告示することを要しないものと解するのが相当である。しかして右に謂う急施であるか否かは結局招集権者において認定するのであるが、しかしそれは法規裁量行為に属しその事件が性質上客観的にも急施を要する場合でなければならないことは勿論である。ところで、本件議会招集当時六郷町選挙管理委員会が同町選挙民から提出された同町々長に対する解職請求手続の署名審査をなしつゝあつたことは当事者間に争がなく、右事実と成立に争ない甲第一乃至同第三号証、文書自体から六郷町公報であることが認められる乙第十号証、又挨拶として被告が町民に頒布したと認められる乙第十一号証、証人上田靖茂の証言、原告両名及び被告本人尋問の各結果(いづれも一部)を綜合すると、六郷町は二、三年前から被告町長の立場を擁護する者とこれに反対する者とが対立し事毎に政争を生じていたが、近時反町長派の者が町長の町費濫費、暴政等を理由に町長解職請求代表者を上田靖茂としてその手続を進めることによつて町内は益々対立が激化して来たこと、その最中にあつて同町選管委員会は昭和三十一年二月二十九日午後四時頃右上田靖茂が提出した解職請求署名簿百三十二冊を受理して同年三月一日から同月九日まで右署名簿審査の段階に入つたのであるが、当時町民の一部、就中町長派に属する町民の側からみると選管委員たる原告等の行動は動もすれば解職請求者側に偏しているかの如き印象を与えるものがあつたので、被告もこれを憂慮していたが六郷町では未だ吏員懲戒の審査に関する規則が定められていなかつたので急拠議会を招集してこれら吏員を懲戒すべき議案を立法化し原告等を免職処分に付し、他の公正な選管委員により解職請求手続を進行させる必要があると考え折しも選管委員会の右署名審査も余すところ二、三日で終了する段階でもあつたので被告は前記付議事件の提案は急施を要するものと認定して同年三月七日に急施臨時議会を招集することを決意しその前日である六日午後六時頃町役場書記渡辺恭孝他二名の書記に命じて町議員二十二名に対し議会招集と付議事件の通知をなさしめ、且つ町内七箇所の指定掲示板に右趣旨の告示をなさしめた結果、翌七日の急施臨時議会には全議員二十二名が出席して開会されたものであることを認めることができる。証人芦沢友愛(第一回)、同河西政雄の各証言中本件議会が急施を要しない旨の証言部分は同人等の独自の見解であるから採用し難いしその他右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上の事実によれば前記付議事件それ自体では急施を要するものとは認められないが、当時町長解職請求署名審査の手続を進めていた原告両名について町長派の町民からみれば疑惑を持たれる節もないではなかつたのであるから右事実の存否は別としても町吏員懲戒処分手続に必要な右付議事件の議決を得て急速にこれを制定することは選管委員の職務執行の公正を担保するためにも必要であつたと認めることができるから被告が右付議事件を急施を要するものと認定して急施臨時議会を招集したことは必ずしも違法ということはできない。

しかして被告は開会の前日予め指定場所に議会招集の告示をすると共に全議員に対し個別的にも告知の方法を講じて本件議会の招集を周知徹底させたのであるから招集手続には原告両名の主張するような違法はなく従つて原告等の該主張は理由がない。

三、よつて、議長芦沢友愛が右議会において採つた閉会宣言の適否につき判断するのであるが、被告がこの点に関する証拠として提出した六郷町議会々議録(乙第五号証)中「第一番議員より自治法第百十四条による請求書の提出をする」との記載部分を除くその余の部分の成立については争がないが、右「 」内の部分の成立及び「議場騒然となる」、「議長議場を制止するも聞かず」の各記載部分の信憑力につき争があるので先づこの点につき検討するに、成立に争のない甲第六号証(六郷町議会会議規則)、証人芦沢友愛(第一回)、同小林大丈、同宮沢剛紀、同芦沢喜作、同渡辺恭孝の各証言によれば、右会議録中「第一番議員より自治法第百十四条による請求書の提出をする」旨の記載は議長及び適法に指名された署名議員三名が同会議録署名後、書記渡辺恭孝において会議録調整権を有する議長の許可も得ずに独断で加筆したものであること、又「議場そうぜんとなる」旨の記載は右渡辺書記が作成当時このように認識して記載し議長及び署名議員にも異議がなかつたものであり更に「議長議場を制止するも聞かず」なる記載は議長が会議録に署名の際右部分の記載が落ちていたので同書記をして加筆せしめこの点についても署名議員は異議を述べることなく署名したことが認められ他に右認定を覆すに足る証拠はない。それならば右「第一番議員より自治法第百十四条による請求書の提出をする」旨の記載は真正に成立したものということはできないし又「議場そうぜんとなる」及び「議長制止するも聞かず」の各記載部分は被告が主張するように議長において不当に加筆せしめたものということができない。しかしながら、議会の会議録はこれが調整の方法如何によりその信憑力に差異を来すべきことは当然であつて、元来会議録は議長が書記をして会議の議事及び出席議員氏名その他議長において必要と認める事項等を記載させ、通常はこれを朗読した上で議長及び会期の始めに議長が議会に諮つて定めた署名議員がこれに署名をして調整すべきものであるから、かくして出来上つた会議録は会議に関する争訟を生じた場合の有力なる証拠資料となり得るものであるけれども、その調整の方法に瑕疵があつたり又は会議録に記載されている字句が具体的事実を表現するものでなく抽象的言辞や或は法律的評価をなしたような言辞を用いてある場合、更には或事実が記載されていない場合には会議の状況は他の証拠と綜合してこれを判断しなければならないことは言を俟たない。これを本件会議録についてみれば、それは閉会宣告前の会議とその後の会議を記録したものであるが閉会宣告前の会議の部分については前出証拠によれば、議長はじめ署名議員三名は所謂反町長派と目される立場にあり且つ通例なされていた朗読の形式をふまずに調整されたものであることが認められるから右会議録中閉会宣言前の部分はあまり高度の信憑性を期待することはできない。

しかして右説示程度の信憑力しか有しない乙第五号証(但し前記「第一番議員より自治法第百十四条による請求書の提出をする」旨の記載部分を除く)、成立に争ない乙第四号証(甲第五号証の一)、同第五号証の二、証人望月宗市、同渡辺恭孝、同望月武保、同遠藤伝、同加藤充親、同遠藤政一、同芦沢友愛(第一回の一部)、同河西政雄(一部)、同武井兼男(一部)の各証言を綜合すれば、本件急施臨時議会は六郷町役場階下町長室(十六畳間)と小使室(八畳間)とを使用してその真中に口の字型に座机を並べその正面を町長議長席に、その他を議員席とした仮議場に議員全員二十二名が着席し、右議場の西側、東側南側に約二、三十人の傍聴人が前列は座り後列は立つたまゝ入場し、更に南側の通路及び北側と西側のガラス窓を開けて議場外にも約百人前後の傍聴人が参集する中で開かれ三月七日午後一時三十五分頃議長芦沢友愛は議会の開会を宣言し先づ議員に諮り会議録署名議員として宮沢剛紀、小林大丈、芦沢喜作の三議員を指名し次いで議案の審議に入るに先立ち前述付議々案を読みあげたところ河西政雄議員(反町長派)が議長の許可を得て発言し「本日急施議会の通知を受けたが議案は急施を要するものでないので取上げるべきでない、定例議会が臨時議会で審議すべきものだ」との緊急動議を提出するや小田切栄議員(反町長派)は議案を記載した紙片を振り廻しながら「河西の言う通りだ」と叫び、芦沢喜作議員(反町長派)も「賛成々々」と連呼した。すると遠藤伝議員(町長派)が「議案につき当局の説明を聞いた上急施を要するか否かを決定すべきだ」との趣旨を述べるとこれに対し「賛成」と叫ぶ者もあつたがこのとき上田位正議員(反町長派)は立上つて「河西の言う通りだ」と言いながら激昂した為か番号塔で机上のペン皿を割るなどのことがありその頃までに大半の議員は立上り、坐つていた傍聴人も立上つてそれぞれ支持する議員に呼応してヤジを飛ばす者もあつた。すると議長は中腰で静かに静かにと二、三回乃至数回言い、手で制止するような動作を作つたがすかざず「本日の議会は混乱に陥つたから地方自治法第百二十九条第二項により閉会する」旨を宣言したのであつて右開会宣言から閉会宣言にいたるまで僅か数分間であつたこと。右議長の閉会宣言に対し町長派議員である遠藤伝、望月武保議員等から異議がある旨の発言がなされ、傍聴人同志或は議員と傍聴人との間で右宣言をめぐつて怒号する者が続出し、望月宗市議員と望月嘉雄議員との小ぜり合いもこの機会に生じたこと(甲第四号証の三)、及び議員中町長派と目される議員は十一名で予め付議事件を成立させようとし、又反町長派と目される議員は議長他十名で右事件の審議を阻止せんとする意図を有していた事実を夫々認めることができる。証人芦沢友愛(第一回は一部、第二回)、同河西政雄(一部)、同小林大丈、同宮沢剛紀、同芦沢喜作、同上田靖茂、同武井兼男(一部)、同内藤弘の各証言中右認定に反する部分は前顕証拠に照してたやすく措信することができないし、成立に争ない甲第四号証の一、二同第五号証の三を以てしても右認定を覆すに足りないし他に以上認定の事実を覆すべき証拠はない。

ところで、議長は議場の秩序を保持し、自由な討議と円滑な議事の運営が確保されるように努める職責を有する。法は議場の秩序保持のため議長をして議場が混乱に陥らないように常に監視させ、万一、秩序を乱す傍聴人があるときはこれを制止、退場させ、傍聴席が騒がしいときはすべての傍聴人を退場させ、又議員が秩序を乱すときは制止、発言取消、発言禁止、退場等を命じ、更に議場が客観的に観て騒然としてをり且つ議長において如何に努力しても到底これを整理することが困難であると認める主観的な認定が下される場合にはその日の会議を閉じ又は中止する権限を与えている。即ち議場の秩序保持を全うさせるため議長に臨機の措置をとることを要求しているのであるから議長も右法の精神に従いできる限り会議の円滑な進行を図るように努めなければならないのであつて特に会期一日限りの急施議会において濫りに閉会を宣する如きことは許さるべきではない。しかるに前記認定の事実によれば芦沢議長のなした開会宣言より閉会宣言迄は僅かに数分間でありその間議長がその日の会議を閉じなければならない程議場が騒然となり整理することが困難な客観的状況に在つたものとは到底認めることができないし議長がなし得る努力を払つた形跡も認められない。試みに、本件の場合、議長が議場の秩序を乱す行動のある議員及び傍聴人に対しては発言禁止、退場等の措置を講じ且つ会議規則の定めるところに従い河西議員の提出した前記緊急動議に対し議決を採るならばその結果如何により会議の進行についても自づと方向が定まつた筈である。しかるに芦沢議長が会議の進行につき当然なすべき努力を用いず且つ町長派議員の異議を無視し客観的に騒然といえない状態を捉え、法第百二十九条第二項に該当するものとして付議事件の審議にも入らずに閉会を宣したことは議長の議会開閉権を濫用したもので無効であるといわなければならない。

よつて進んで、右閉会宣言後の会議が有効か否かにつき考察する。

四前出乙第五号証(「第一番議員より自治法第百十四条による請求書の提出をする」との部分を除く)、証人望月宗市、同渡辺恭孝、同望月武保、同遠藤伝、同加藤充親、同遠藤政一の各証言及び被告本人尋問の結果によれば、前記議長の閉会宣言直後望月武保議員が議長に対し議員十一名の連署した法第百十四条による開議の請求書を提出したが、議長は閉会宣言後の開議請求は無効であるとの見解により閉会宣言後会議録の署名を終了して退場し、副議長はじめ他の反町長派議員九名も之に同調してその頃までに退場した。そこで同日午後三時十分頃前記仮議場に居残つた町長派十一名の議員が年長者の望月武保議員を臨時議長として先づ仮議長を定める選挙を行つた結果遠藤政一議員が選出され、同人が仮議長として本件急施議会を継続して審議する旨宣し前述六郷町吏員懲戒審査委員会設置の件及び同委員会条例制定の件の二議案を一括上程して被告から簡単に提案理由の説明を聞いてこれを全員一致で可決し、次いで六郷町吏員懲戒審査委員選任につき同意を求むるの件についてもこれ亦全員一致で望月公康、小林胤正、川崎通公の三氏を選任したこと及び六郷町議会会議規則によれば会議時間は午前九時から午後四時までと定められているところ右審議終了の時刻は午後三時四十五分頃であつたことをそれぞれ認めることができる。乙第五号証の記載中右認定に反する部分及び証人河西政雄、同内藤弘の各証言中右認定に反する部分は前記証拠に照して信用し難いし他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。

しかして前記芦沢議長の閉会宣言は議長の議会開閉権を濫用したもので無効であり議長副議長共に退場したことは既に判断したとおりであつてこのような場合は法第百六条第二項にいう議長及び副議長にともに事故があるときに該当するものと認めるのが相当であるから閉会宣言後議場に居残つた過半数以上の十一名の議員によつて仮議長を選出しそのまゝ会議を継続したことは相当な措置であつたといわねばならない。しかして右のように会議を継続する場合には法第百十四条による開議の請求手続をなすことは固より必要でないし、又他の退場議員に対し継続会を開く旨の通知をなすことも必要でないものと解する。従つて本件において望月武保等議員十一名が議長に対し開議請求書を提出したことは無用の手続をなしたに過ぎないのであるから本争点中この点に関する部分は特に判断を加える必要がない。

なお、成立に争のない甲第六号証によると六郷町議会々議規則第三十四条においては議長が必要であると認めるときは、特に議決を経ることなく会議時間を延長することも認められているのであるから議決に依らない会議時間の延長は常に違法であるとなす原告の主張は採るに足りない。

よつて閉会宣言後の継続議会には何ら違法の点が存しないから原告両名のこの点に関する主張も亦採用することができない。

以上説示したところによれば、本件急施議会の継続議会において可決された前記三件の議決についてその手続的な瑕疵は何ら存在しないこととなる。

五、よつて更に進んで原告両名に対する免職処分が実質的に違法か否かにつき逐次判断を加える。

被告主張の免職事由(一)について、

成立に争ない乙第一号証の一、二、並びに証人遠藤篤夫の証言によれば、原告両名が昭和三十一年三月一日町長解職請求事務所に出入した事実はこれを認めることができる。しかしその出入した理由につき原告小林本人尋問の結果によれば同人は三月一日帰宅すべく右事務所前を通りかゝると同所に居た訴外小林源亮に呼びとめられて立寄つたものでその際同人から原告等が翌日県庁に署名審査の指示を仰ぎにゆくか否かを確かめられたにすぎないこと、又同月四日には原告小林が被告から「署名簿の監視員が夜間交替することは役場の宿直員の安眠を妨害するからやめるよう」に言われたので解職請求事務所にこれを伝えに出向いたに過ぎないことが認められ、又原告斎藤本人尋問の結果によれば原告斎藤が出入した理由は道路上に設けられた「打倒武井暴政」と書かれた横断幕が交通に支障のないようにすることを注意するために出向いたものであることが認められる。成立に争ない乙第九号証中右認定に反する部分はにわかに措信し得ないし他に以上の認定を左右するに足りる証拠は存しない。

被告主張の免職事由(二)について、

原告の子小林忠夫の政治行動を云為して原告解職の事由となすことはそれ自体理由がなくしかも被告本人尋問の結果によれば、原告小林の息子小林忠夫が被告に対する告訴事件の証拠を提供しているとの風評のあつた事実は認めることができるけれども同人が被告に対するリコール請求手続の主謀者であるとの事実はこれを認め得る証拠がない、却つて証人河西政雄、同芦沢喜作の各証言及び原告小林本人尋問によれば小林忠夫は解職請求手続の主謀者でもなくむしろ同人は町政の善悪はともかくとして被告とは長い間一緒に仕事をしたり町長選挙にも一肌抜いだこともある間柄であるからと言つてリコール請求の署名もしていない事実さえ窺うことができるのである。又被告本人尋問の結果に依れば原告斎藤が六合会なる政治団体に加入していることは認められるけれども特別職に在る地方公務員が政治結社に加入すること自体は必ずしも禁止せられていないのであつて右事実を捉えて同原告が解職請求手続の主謀者であるとする主張は甚しい臆測であり他に右事実を認め得る証拠はない。

被告主張の免職事由(三)について、

証人中込寿昭、同依田徳重の各証言及び原告小林本人尋問の結果によれば、原告小林が二月二十九日夜解職請求署名簿を自宅に持ち帰つた事実を認めることができる。しかし右証拠によると、原告小林は右同日夕方署名簿百三十二冊を解職請求代表者から受理したがその日は時刻も遅かつたので受附手続を済ませた後署名簿をボール箱に入れて封印をなした後役場に保管しようとしたが適当な施設もない上宿直員から保管を拒絶されたので致し方なく単独で中込書記を途中同伴して自宅に運び同夜は不寝の番をしてこれを保管したのであつて翌朝選管委員会に運んで開封したが勿論何等の異常がなかつたことが認められ他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

被告主張の免職事由(四)について、

証人遠藤伝、同加藤充親の各証言及び被告本人尋問の結果によると、原告等が三月七日中に是が非でも署名簿の審査を終了させ縦覧場所を役場から他に移して縦覧を妨害するという噂のあつた事実は認められるが、右は政争のはげしい時期に行われた単なる伝聞に過ぎないから右証言自体信憑力が薄い上後記証拠に照すときはにわかに信用できない。即ち原告両名本人尋問の結果によると、解職請求手続が進められるとかねてからの政争も益々活溌化し、町長派、反町長派が互に相手方を攻撃したりする態度が見え署名簿なども焼き払つてしまう等と脅かす者すら現れるに至つた折柄、選管が町長解職請求事務を役場で執務するのは変だという者が現われたり、町長や役場書記は選管委員に対し極めて冷淡で非協力的であつたので原告両名は山梨県庁地方課などに出向いて意見を求めたりした結果選管事務所を移転することにしたが町長からは選管の費用が一銭も出ないのでその移転先に苦慮していると訴外上田靖茂から解職請求事務所の二階を解放してもよい旨の申出があり、前述のように署名簿を焼き払うなどと不穏の空気もたゞよつていたので人手の多い解職請求事務所の二階なら安全であると考え三月八日朝原告両名と適法に補充した上田孝次委員が合意の上前記場所に選管事務所を移転したものであつて被告主張のような他意があつて移転したものでないこと、又免職処分後の署名簿縦覧手続は当初その人数を四人に制限したのも選管側の人手が少なかつたことと建物が古い二階で万一の事態が発生することを恐れてかゝる制限を設けたが間もなくその必要を認めなくなつたので右制限を解除した事実が認められる。他に右認定を覆し被告主張事実を認めるに足る証拠は存しない。

被告主張の免職事由(五)について、

証人加藤充親の証言及び被告本人尋問の結果によれば選管事務所移転後、原告等は役場の書記を使わずに解職請求者側の者を書記に使つていた事実が認められるが、原告両名本人尋問の結果によると右は原告両名に対する免職処分後のことであつてその理由は原告両名が罷免後被告町長に対し移転先の事務所え役場の書記一名宛を派遣するよう要請したところ右要請が容れられなかつたので原告等において被告が主張するような立場の者を臨時に書記として雇つたものであることが認められ他にこれを覆すに足りる証拠はない。しかして右事実によれば原告等は被告の免職処分により選管委員の身分を失つたのであるからその者の要請を被告が受け容れる理由がなく被告が拒否したのは当然のことであり、又一方罷免処分の効力を争う原告両名が爾後執務を続けるには結局献身的に労力を提供せんとする解職請求者側の者を使うより他に方法がなかつたこともうなづけないことはないし旁々右は免職処分後の行為であるからその措置は妥当でなかつたとしても被告主張の免職処分を適法化する理由とはならない。

被告主張の免職事由(六)について、

証人遠藤伝の証言及び原告両名本人並びに被告本人尋問の各結果によれば選管委員会では合議の結果三月一日以降は役場二階に署名簿を保管することになつたが、役場の書記や小使はこれを監視することを拒絶したので毎夜二名づつ選管委員若しくはこれに協力してくれる他の者が交替で監視をなしたこと、その保管の方法はその日の選管事務が終了する毎に署名簿を箱に入れ二重、三重に目張りをしてこれを監視員が見張りをなし、又事務所移転後は毎日市川警察署から警察官の派遣を受けてこれを監視した事実は認められるが、それが署名簿の改筆改ざんの為に行われたものである事実を認むべき証拠はない。他に右認定を左右するに足りる証拠は存しない。

被告主張の免職事由(七)について、

証人遠藤伝の証言及び被告本人尋問の結果によれば被告主張事実に沿う如き部分が存するが右供述はいづれも伝聞であるし、且つ証人武井兼男の証言及び原告両名本人尋問の結果に照すときはにわかに信用できない。被告の全立証によるも武井兼男が署名簿が改ざんし若しくは原告両名が同人をして改ざんを行わしめた事実は認められない。

被告主張の免職事由(八)について、

原告小林本人尋問の結果によれば原告小林の視力が弱いことは一応認められるが、証人中込寿昭の証言によると同原告が署名審査の際署名簿を読んでいた事実のあることも認められ他に署名の真偽を判定することが不可能な程度の弱視力であつたものとなす証拠はない、又原告等が署名審査を杜撰にして署名を全部有効とした事実を認めるに足る証拠もない。むしろ、証人中込寿昭、同依田徳重(一部)、同遠藤荒吉(一部)の各証言及び原告両名本人尋問、検証の各結果を綜合すると署名簿の審査期間は三月一日から三月九日までであつたがその間依田委員が欠席した為補充員繰上手続に相当時間を空費したこと、審査の方法は原告等において県地方課及び甲府市選挙管理委員会に赴いて指示を受けそれに基いて審査をなしたこと、即ち、先づ署名簿が法定形式を整えているか否かの書類審査をなし次いで個別審査に移つて選挙人名簿との対照、自署なりや否やの実質審査をなしたこと、署名中明確に自筆でないと認められるものは無効として取扱つたが肉眼で識別困難な筆蹟についてはその者を出頭させて筆蹟対照の上決定すべきであるが旅費日当などの費用が全然ないので、県地方課の指示なども参考にしてこれ等の署名は結局縦覧手続における異議申立に俟つことにして右審査の段階では一応有効として処理したこと、審査の結果、署名総数は千四百二十二名、そのうち有効印を押捺したものが千三百四十一(尤も検証の結果では一名少い)、無効印を押捺したものが八十一名(検証の結果では一名多い)あり原告等が殊更に杜撰な審査手続をなした事実のないことを認めることができる。成立に争のない乙第六号証の一、同号証の二の一乃至三十四、同第七号証の一、二によつては右認定を左右し得ないし他に被告主張事実を認めるに足る証拠はない。

被告主張の免職事由(九)について、

成立に争ない乙第二号証の一、二、同第十三号証によれば、移転後の選管事務所の窓ガラスに「打倒武井暴政」と印刷した短冊形のビラ二枚が貼られていた事実は認められるが右貼紙が原告両名によりなされ、若しくは原告両名が故意に右ビラを撤去せずして反町長派の者に利用させたものであるという事実を認め得る証拠は存しない。

以上認定したところによれば被告が原告両名に対する免職処分の理由として主張する事実はいずれも地方自治法施行規程第三十四条第一項に掲げる懲戒事由即ち「職務上の義務に違反し又は職務を怠つたとき。職務の内外を問わず公職上の信用を失うべき行為があつたとき」に該当しないことは勿論であり他に右懲戒事由に該当する事実の存在を認め得る資料は存しない。而して、右法条に該当する場合においても免職、五百円以下の過怠金、及び譴責の三段階の処分が考えられるのであるから免職処分に付するには余程重大な職務違反若しくは信用失墜の行為がある場合であり、且つその処分をするにも慎重な手続を採るべきであることはいうまでもない。それにも拘らず、成立に争ない乙第十二号証によると本件懲戒委員会は被告の説明のみを求めて関係者の意見を聴取せず、原告両名を免職相当と決定したことが認められるから被告が右決議に基いて直ちに原告等を免職したのは軽卒であり、専断のそしりを免れないとともに懲戒事由がないのに免職した違法があるといわなければならない。

六、結論

右の違法は被告が為した原告両名に対する免職処分を当然に無効たらしめる事由とはなし得ないが取消すべき事由に該当する。

仍て原告両名の本訴請求中免職処分の無効確認を求める請求は理由がないが、その取消を求める請求は理由があるからこれを正当として認容することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山孝 野口仲治 鳥居光子)

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